北海道大学病院 救命救急センター | 北海道大学大学院医学研究院 侵襲制御医学分野 救急医学教室

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2013年統計業績集 完成2014.9.8

遅ればせながら、2013年の先進急性期医療センターの統計業績集が完成しました。
以下に、巻頭言に掲載されている文章を掲載させて頂きます。

重症敗血症/敗血症性ショックのICUに於ける集学的治療の重要性とICUの拡充・充実
先進急性期医療センター
部長 丸藤 哲

重症感染症である敗血症は、敗血症、重症敗血症、敗血症性ショックの順に重症度が高くなりますが、日本の最先端の治療技術を持ってしても、重症敗血症の病院死亡率は30%前後、敗血症性ショックでは40%を超える重症病態であることをまずご理解下さい。今回は敗血症治療の歴史的変遷を概観し、その中で重症敗血症/敗血症性ショックのICUに於ける集学的治療の重要性について述べて見ます。
今から20年ほど前に敗血症の定義と診断基準は大きく変わりました。従来敗血症は「体内の感染巣から細菌や真菌などの微生物およびその代謝産物が持続的に血液中に移行している状態」と定義され、その診断には血液培養で細菌やその構成成分であるエンドトキシンが検出されることが必要でした。ところが、この定義の見直しの機運が全世界的に起こり、1992年に新しい定義と診断基準が公表されました。敗血症は「炎症性サイトカインを介した、生体の感染に対する過剰な防御反応の結果であり、好中球活性化と血管内皮細胞傷害を共通の基礎病態とする全身性炎症反応症候群に含められる」と定義されました。診断には血液培養は不要となり、血液培養陽性の有無に関わらず感染により全身性炎症反応(systemic inflammatory response syndrome, SIRS)が起きていれば敗血症と診断することになりました。そして全身性炎症反応は体温、心拍数、呼吸数、白血球数のうち二項目以上を満たした場合と定義されました。例えば肺炎があり、体温が38℃以上、心拍数が90以上あれば敗血症と診断するわけです。この満たす項目数が増えるほど重症と考えて良いでしょう。
世界共通の定義と診断基準を持つことにより、疾患の診療体制は大きく進歩し、より良い治療方法の開発が進みますが、敗血症も例外ではなく新規治療法の開発が期待されました。感染に対する炎症性サイトカインによる過剰な病的反応が敗血症引き起こすとの認識で、抗菌薬に加えて過剰炎症反応の制御を目的とした30近いランダム化比較試験が90年代に行われました。しかし、結果は惨憺たるもので全ての試験が失敗に終わりました。90年代後半には、炎症反応と凝固反応が密接に関連していることが証明され、2000年代にはこの両反応を制御する薬物のランダム化比較試験が実施されました。しかし、いまだ治療に役立つ薬物は見つかっていません。
このような状況を改善すべく、2002年にバルセロナ宣言が公表されました。この宣言では、敗血症は多くの人命を奪う病態であり、その診断・治療法の確立は健康管理および医療経済上看過できない重要かつ喫緊の世界的課題であるとの認識の上に、5年間で敗血症の死亡率を25%低下させることを目的としたSurviving Sepsis Campaignの開始が公表されました。そのフェーズ1として6つの行動計画が提示されましたが、その内容は、
1)有病率が高く致死性の高い病態であることの認識
2)早期かつ正確な診断法の確立
3)一貫した診療手順に基づく適切かつ時宜を得た治療法の確立
4)世界標準の診断・治療指針(ガイドライン)の確立
5)診療支援情報および教育の提供
6)ICU管理に加えICU入退室前後を通じ一貫した診療の質を維持する必要があると言うものです。
フェーズ2として、死亡率の高い重症敗血症と敗血症性ショックを対象に世界標準の診断・治療指針を示したSurviving Sepsis Campaign Guidelineが2004年に公表されました。このガイドラインで特筆すべきは、世界的指針であることに加えて、重症敗血症と敗血症性ショックは、ICUでの集中治療管理と集学的治療が重要且つ必須な病態である事を認識すべきであると強調したことです。
ガイドライン2004はもう一つ重要な考え方、すなわち治療法の束、ケアバンドルと言う概念を重症敗血症治療に取り入れました。ケアバンドルは、有用性が認められた幾つかの治療法を個別に施行するのではなく、必須の治療法の束(バンドル)としてまとめ、それらの全てを施行することにより最大限の効果を得ると言う考え方です。
その後ガイドライン2008を経てSurviving Sepsis Campaign Guideline 2012が公表されました。この中で、重症敗血症は医師のみならず多くの専門職が参加する集学的医療チームに加えて、多数の専門家医師による共同作業により治療する病態であることが強調されました。また、速やかなバンドルケアの実施を具体的に提示して、
診断3時間以内に達成すべき目標として、
1)乳酸値の測定
2)抗菌薬投与前の血液培養実施
3)広域抗菌薬の投与
4)血圧低下あるいは乳酸値4 mmol/L以上の場合、晶質液30 ml/kgを投与
を上げました。
このように重症敗血症は全世界共通の治療指針で治療すべき病態であることへの理解がこの10年間で深まり、重症敗血症の診断・治療体系は大きく進歩しましたが、今なお世界各国で多数の患者が死亡している現実があります。この現状をさらに改善すべく、2012年にGlobal Sepsis Allianceが世界敗血症デー world sepsis dayを開始しました。その最重要点は、敗血症は医療従事者のみではなく、一般市民の理解が必要な病態であり、癌あるいは糖尿病のように世界的政策課題として取り上げるべき病態であることを強調したことです。日本集中治療医学会が主催した第1回世界敗血症デーが2012年に始まり、昨年の世界敗血症デーには日本医師会、日本看護協会などの後援を受けて多数の関連学会が参加しました。今後この取り組みは、感染症に関連するすべての医学会あるいは関連諸団体を含む活動に育てて行くべきでしょう。
敗血症治療の歴史的変遷を概観しました。全身性炎症反応に臓器不全あるいは高乳酸血症を伴う重症敗血症、十分な輸液療法に反応しない敗血症性ショックは、病室ではなくICUでの集学的治療が必要な病態であることを認識していただけたでしょうか。言葉を変えますと、これらの病態は抗菌薬治療と感染巣制御のみでは寛解・快復を望むことはできず、呼吸・循環・栄養・代謝等を含めた集学的治療および機器を使用した臓器支持療法が必須であると言うことです。先進急性期医療センターにおける重症敗血症の病院死亡率は30%前後ですが、まだまだ改善の余地を残しております。臓器不全の進行悪化を待たずに、あるいは複数臓器不全に移行する前に病棟からICU管理を依頼していただくことが重要です。
しかし、2000年の三次救急医療開始以来、先進急性期医療センター集中治療室(ICU)は常に100%を超える可動状態であり、集中治療管理が必要な患者が病棟での治療を余儀なくされる状態が常態化している現実があります。急性期医療を担う北海道大学病院の使命が重症患者の救命にあることを考慮致しますと、これはまさに由々しき状態かと思料致します。この十数年間、先進急性期医療センターの拡充を病院執行部に繰り返し要望してまいりましたが、実現はかないませんでした。しかし、2012年度末に福田病院長執行部に先進急性期医療センター救急室の病室化を確約して頂きました(2013年2月28日執行会議決定)。この方針執行に関して2013年5月に行われた寳金病院長との会談で再確認致しました。
日本集中治療医学会は、集中治療専門医が専従し臨床工学技士が集中治療に参加するICUの診療報酬見直しを要望して来ましたが、2014年度には、集中治療加算増額を含めた診療報酬改定が予定されていると聞き及んでおります。本原稿執筆時点での予測は困難ですが、この改訂を視野に入れて北海道大学病院先進急性期医療センター救急室・集中治療室の拡充・充実を図るのが上策かと思料し、重症敗血症および敗血症性ショック診療の懸案事項の解決に繋がる事を期待しております。

先進急性期医療センターの統計業績