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救急医の横顔

救急医は命のセーブキーパーであるが、小児を専門とする救急医は少ない。
北海道に限ると提嶋久子先生はその第一人者。小児救急医という専門医制度がないために、提嶋先生は日本小児科学会と日本救急医学会の専門医資格を取得して赤ちゃんから高齢者までの救急治療にあたっている。
小児救急の魅力や問題点などについて話を伺った。

小児科で診られる「限界」のジレンマを感じ、救急の道へ

提嶋先生の写真

提嶋先生は近畿地方の公立医大を卒業すると北海道大学付属病院の小児科医として医者の道を歩み始めた。小児科を希望したのは、子供が好きで、全身が診られると思ったからだ。しかし実際は違っていた。小児科と言っても全身を診られ治療させてもらえるわけではない。小児科は内科的疾患を中心に診ることで、外傷の子供は診ることが出来なかったという。ましてや救急の場合は1次、2次までは小児科も関わることができるが、3次になるといわゆる成人と同じように救急専門医に任せてしまう。そのためにいくら小児の救急患者といえども、いわゆる蚊帳の外に置かれることがほとんどだ。
提嶋久子先生は、あらゆる症状でしかも1次、2次、3次とかに関わらず全身を診たいと意気込んでいただけに、ジレンマを感じる場面に多く出くわした。
「同じ子供なのに診られる場合と診られない場合があるのはすごく嫌。風邪ひきさんも診たいけど、死にそうな子も含めて全部できるようになりたい」と提嶋先生の思いは募り、医者になって8年後に国立成育医療研究センターで小児救急の研鑽を積むことに。
「(小児科に)来てくれたのに、怪我だから診られない、せっかく来てくれたのに自分の技術とか知識とか無いからできないというのはちょっと残念だなと。年齢が子供であれば何でも診られるようになりたい」(提嶋先生)との願いでもあった。そのためスキルを上げ知識を豊かにしようと同センターでは、小児救急、集中治療、麻酔の主に3つの専門を学んだ。
しかし提嶋先生はそのスキルを直接活かす機会には恵まれなかった。当時はまだ重症に陥った小児救急の患者がそのまま搬送されることが少なかったという。それは地域の救命救急センターに運ばれて初療が行われた後に、症状別に搬送されて来るケースが多かったためだ。
いずれ北海道に戻る提嶋先生に、同センターは「大人の救急で勉強した方が良い」というアドバイスを授かった。そして提嶋先生は同センターをあとにして手稲渓仁会病院でさらなる救急の研修を受けることとなった。
提嶋先生は、それまで小児しか診たことがなく、大人の救急患者の治療・診断などを経験するのは同病院が初めてのこと。しかし、戸惑いは特になかった。手稲渓仁会病院で長らく救急に関わり、古巣でもある北大病院に2010年に戻った。

小児の難しさは症状をうまく伝えられないために推測しながらになることと、体重に合わせた薬量の調整や道具の選択に時間をかけられないこと

小児救急という専門医資格はまだない。そのため提嶋先生は頑張って専門医の資格2つ取得している。日本救急医学会の救急医、日本小児科学会の小児科医だ。それに加え麻酔科標榜医にも認定されている。
北大病院では小児救急のエキスパートという気持ちで現場に立ち続けているが、救急医療の現場では小児だけを受け持っているわけではない。「小児救急をやりたいのですが、普段は大人とか子供とか関係なく(他の救急医と一緒に)同じ仕事をしています」と提嶋先生は話す。北大病院で3次救急搬送されて来る小児の実数は正確なデータとしてあるのだろうが、よく把握されていないのが実態のようだ。提嶋先生は言葉を続ける。「すごく少ないと思います。ゼロではないですが、あちこちの病院に分散しているので、、、」。
小児の治療の難しさは、特に小さな子供は症状をうまく伝えられないことをあげる。「喋れないこと。うまく表現できないこと。訴える症状をこちらができないことがあって、色々と推測になってしまいます」。さらに子供の場合、赤ちゃんから概ね15歳前後まで対応する。体格の違いがあるために道具や薬の選択に注意を払わなければならないという。「大人の場合だと、治療するための道具はほぼ同じサイズ。しかし子供の場合だと生まれたては3キロだし、15歳でも発育が良けれな60キロに達する子もいる。体のサイズに合わせて薬の量の調整をしなければいけないし、道具も適切な大きさを選んでいかなければないないのでね。それを瞬時に判断しなければいけない。やっている内容は大人と同じだけど、例えば体重で薬の投与量が違ってくる。それこそミリグラム単位。大人だと1アンプル全部投与しても構わないけれど、子供は計算しなくてはいけない。で、そこで時間がかかってしまうと、それによって状態が悪くなることもあるので、そこは避けたい。普段からちょっと慣れておかなければいけないのかと思います」

印象に残る症例は腎臓破裂で間一髪、一命を取り止めた男児。悲しい気持ちを誘う虐待の現実

印象に残る症例を聞くと、提嶋先生は一呼吸置いた後、「色々あるけれども」と前置きをして、救急でなければ助からなかったかもしれない8歳男児の話を切り出した。
男児は自転車に乗っていたが、何かのはずみで倒れてしまった。その時にハンドルでお腹をぶつけた。痛みをこらえて自力で家に帰ったものの、痛みは消えず、「お腹が痛い」と訴えた。意識も徐々に薄れていく。家人は慌てて救急車を呼び、男児は北大病院に搬送されてきた。血圧はどんどんと下がり、搬送されてきた時には上が40の瀕死状態。意識は朦朧として、今にも消え入りそうになっていたという。
提嶋先生を含む救急医たちは即座に診断すると肝臓破裂の疑いが濃厚になった。緊急に開腹手術をしないといけないが、一刻を争うために手術室まで移送する猶予はなかった。やむなく提嶋先生たちは、初療室でそのままオペをするしかないと判断し、輸血担当、麻酔担当、手術担当と手分けしながら開腹手術に踏み切った。傷みの激しい部分の削除と止血。懸命かつ迅速に手術を行った結果、血は止まり、状態も安定。そのまま隣接する集中治療室で経過を見守った。予後は良く順調に恢復し、最後は元気に歩いて退院して行ったという。
提嶋先生は述懐する。「あの子は救急じゃなく、普通に外来に連れてこられたら多分、死んでいたと思うんですよね。ああいうのを見ていると、本当に救急じゃなかったら助からなかったんだろうなあ、と」。

提嶋先生にそのほかで印象に残ることはと質問すると、少し悩みながら「これはあれかなあ?虐待とかのこともあるんですけども」と口にし始めた。「死にそうになって来たとか、、、。頭の中で出血しちゃってとか、脳死の状態になるようなこととか、、、、。あんまり悲しい話になるので、これはやめましょう」提嶋先生の口は突然に重くなった。
虐待は犯罪でもある。筆者は救急が虐待されて小さな命に息吹を吹き込んでいる現実に恥ずかしながら気がつかなかった。社会問題でもあるので、あえて提嶋先生に口を開いてもらうことにした。
年間に虐待で北大病院に救急搬送されてくる実数はわからないと言う。「見逃されているものもあるんですよね。でもちゃんと探して行けば札幌市内だけで年に何人かはいると思います。ただ分散しているので」と提嶋先生。虐待された形跡があると医者は警察に通報しなければならない。「私たちは(虐待の現場を)見ていないので、誰がやったとか犯人探しをするわけではない。子供を守るためにそのままお家に返していいのか?そういうのを判断しなくてはならないので、誰がやったとかの問題ではないんですよね」。しかし、虐待かどうかの判断はそれほど容易ではない例が多いそうだ。「(傷害を負った)箇所の問題もありますけど、特に小さい子の場合は喋れない。全員が全員ではないにしろ、そこで見逃してしまうと、、、。アザがいっぱいあったとか、昔のやけどの跡が一杯あったとかというのであれば、ちょっと怪しいという風に考えていかないといけない」。
「虐待は心が痛む」と口にする提嶋先生の顔色は、心底、虐待を恨んでいるように映った。

救急医として心がけていることは、自分の家族が言われて嫌な言葉遣いをしないこと

高齢者が多い救急という事情もあるのかもしれないが、提嶋先生は言葉遣いに気を配っている。「患者さんってみんな人生で私よりも先輩。話し方は、意識がある無しに関わらず気をつけないといけないなと。自分の家族が言われて嫌な言葉は使わないようにしたい」。
例えば70歳の男性に向かっての「痛いの?」「どうした?」というタメ口。普通の生活ではありえない。「自分の家族がもし、そのような扱いを受けるのは嫌だなと思う」と提嶋先生。医者と患者という関係の前に人としての礼儀が必要だという。「子供の救急の場合には、ある意味、親しみを持ってしゃべるというのは大事っていう部分もあります」。また、子供の場合、親の治療に対する期待度が高い。それだけに接し方や説明などは入念に行うし、それだけ気も使わざるをえない。やれることは諦めずに最善の治療を行うが、難しい局面で親には期待を持たせるために嘘はつけない。かといって、ズバズバとも言いづらい。「自分の親の場合、なくなる時に順番的にもそうだろうから死の受け入れがなんとなくできる。幼い子の場合、まさか自分の子が急に死ぬと思わないというか、死ぬと予測ができないというか、その受け入れができない。説明にはすごく時間がかかります」。
母親だけでなく父親、母方の祖父母、父方の祖父母にも、例え死亡事例でなくても説明を求められたら同じ説明を何度でも行うようにしているという。提嶋先生は「納得してくれるというのであれば、その部分は大変なんですけども、やらなければならないことなんですよね」と話す。

1次、2次、3次と救急搬送されてくる容態に関わらず、困っている人がいれば診てあげたい

「私たちは予約を持っているわけではないので」と前置きしながら提嶋先生は言葉を紡ぐ。
「来る人がいたら、来るものは拒まず(のことわざの例え)みたいになりますよね。そのためにはスキルがなければ、来ていただいても診られなかったでは話にならないので、そこは磨かなければいけない。患者さんは1次、2次、3次とかの看板を下げて来るわけではない。来てしまったものを『なんで俺、ここに来てしまったんだろう』というのは避けたいんですよね」。それは子供でも同じだ。特に子供は2次救急搬送が多いという。北大救急は3次限定なため、なかなか子供と接する機会が少ない。2次か3次か迷うボーダーもあるが、そうなった場合に「えっ?何で3次に2次の患者さんを運んで来るの?」ということにもなるし、逆に2次に重症の患者さんが運ばれても困る。
「どっちもやっているから、迷ったらおいでよというようなスタイルができればいいなあと思います」と提嶋先生は望んでいる。
それは5年以上前、頭を強く打って意識不明となった2歳の女児が11医療機関から受け入れを拒否されて問題になったようなケースを無くしたいという思いからだ。札幌市消防本部の話では「夜間で、小児科と脳外科が複合した難しいケース」と話しているように「専門外」「処置困難」として受け入れを断っていたというのだ。結果、最初の通報から60分以上が経過して、最初に問い合わせが行われた救命救急センターに女児は搬送され、幸い処置後、快方に向かって事なきをえたのだが、この事案に提嶋先生は心を痛めたようだ。
提嶋先生は「例えば同じ痙攣でも幼児の熱性痙攣の場合は小児科だが、大人の痙攣は脳外科。1歳の子が頭を打って痙攣してどっちが診るかとなった場合、一番、どっちでもなくなる(状態に置かれがち)」と説明する。
そして言葉を続ける。「結局、小児科だからとか、脳外科だからとか、2次だからとか3次だからという区別があるから、どこに運んでいいのか分からないということになるんだけれども、その区別がなくて2次でも3次でも、大人でも子供でも玄関の間口が広がれば、たらい回しとかもなくなるだろうし、そういう病院があればいいなあと思っています」と提嶋先生の願いは強い。

マネージメントの役割が重要な救急医

提嶋先生は要所、要所でマネージメントの大切さを口にするので、そのことをお伺いすると「そうですね。(救急医は)初期対応というか、医療のマネージメントは大切だと思います。例えば手術。頭を怪我していて、足とかも骨折している。どっちを先にやりますかとかで、どれが重症なのかという判断するのは私たちになる。各科の先生たちは自分たちの病気や怪我を先にやりたいと思っているけど、一番大事なのはどれか。同時治療になるのかもしれないし、頭を今日やって、骨折は1週間後にしましょうよ、というようなことを相談しなければならない」と提嶋先生は説明する。
そのためにはスキルとか知識も重要な鍵を握るが「人間的なトレーニングも大事なのかな。やっぱりコミュニケーション能力ということになります。救急には欠かせないことになるのではないのかな」と、救急医としてのマネージメントに欠かせない人対応の重要性を語る。

これから救急医を目指す若い医師、医学生にメッセージ

「患者さんに対する言葉遣いは大事です。そして振る舞い。なんの前触れもなく服をめくって診察しようとしたりするのは失礼なことです。ちゃんとこれから診察をしますよ、ちょっとめくりますよ、触れますよとか言うようにして、いきなり注射は打ってはダメです。こういうの、結婚、多いんですよ。医者である前に社会人としてきちんとしていただきたいと思います。あとコミュニケーションが足りないと必ずエラーが起きます。患者と医療と関係ない話を聞くのも勉強になるし面白いですよ」